※お持ちでない方に限ります!
ジャンク品一掃セール。訳アリ品譲ります。※お持ちでない方に限ります!
「お持ちでない方に限ります?」
不思議な注意書きに、思わず声が出てしまった。商店街のアーケードの端っこ、催し物のスペースで、折り畳みの長テーブルを並べただけの店構えに、やる気のなさげな中年男がパイプ椅子に腰かけている。男は私の声に顔をあげて、ああ、と文字を顎でしゃくりあげるように話だした。
「家に正規品があるなら譲んないよ。持ってない、って人だけなんだ、ここあるやつらみーんな」
「はあ……? つまり、家にテレビや掃除機がある人なんかは、こっちのテレビや掃除機は譲ってもらえないと?」
「そゆこと。話が早くて助かるよ、おニイさん。ど? 家にないヤツなら持ってきなよ」
「はあ…」
どうにも胡散臭い。ネットオークションやフリマアプリが普及するこのご時世だ。不良品の粗大ごみをただ押し付けているんじゃなかろうか?
そんな私の胡乱な眼差しに勘付いたのだろう。男はやる気なさげに項垂れたまま話し出す。
「アヤシイと思うんならやめときな。関わんないのがイチバン賢いんだからサ」
「…はあ」
どこかもったいぶるような男の態度に、妙に納得いかない心地が残る。居心地悪くその場を立ち去ろうとしたそのとき、ふと赤いメタリックカラーの炊飯器が目に留まった。
炊飯器。自炊をまったくしない私の家には、冷蔵庫とレンジと電気ポットの他に一切の食事にかかわる家電は置いていない。ガス・IHコンロですらも。
――炊いたお米を久しく食べていないな。
ふとそんなことに意識が止まり、何気ない炊き立てのお米の湯気の匂いが脳裏をよぎる。うん、イイ。炊き立てごはん。レンジのパックごはんでなく、炊き立ての、ふわふわの白米。
「すみません。この炊飯器、ほしいんですけど」
「ン。いーよ。持ってきな」
男は顔をこちらに向けぬまま、二つ返事で答えた。私に興味を失ったらしく、スマホで何かの動画をぼんやり眺めているらしい。そのぞんざいな態度に、こちらもむしろ気楽で疑う気も失われてくる。
――どうせタダなんだ。粗大ごみだったら、別に燃えないゴミの日に出してしまえばいい。炊飯器なんて大した大きさじゃないんだから。
「貰っていきます」
最後の私の言葉には、男はもう一瞥もくれなかった。私もそれ以上何も声をかけることなく、赤い炊飯器を小脇に抱えて去っていく。
「大切に使ってくれや」
去り行く私の背中に、そんな声がかけられた。ぱっと後ろを振り向くと、男がいない。並べられていた長テーブルも、何も。
「えっ」私はきょろきょろと辺りを見渡し、さっきまでのそれが幻だったのかと呆然とする。「あ」ずる…と落としかけた炊飯器を抱えなおし、改めてまじまじと見つめる。狐につままれた心地だった。
■□
タヌキに化かされたようだと思いながら帰宅して、私はマンションの一階で営業している地元フランチャイズのコンビニに入り、地産の小分けの米を買ってきた。おかずらしいおかずは、夜酒のお供にする予定だった白身魚のフライしかないが、重畳重畳。久しく自炊らしい自炊をしていないせいか、お米を炊くだけなのに気持ちが昂る。
お米をすりきり二杯、水を入れ、指をたてながらしゃかしゃかかき混ぜる。とぎ汁を捨て、もう二回ほど繰り返した。
「よし」
炊飯ボタンを押すと、さくらさくらの冒頭のメロディが電子音で流れた。その選曲が妙に渋いなと思いながら、私は少しわくわくした気持ちで風呂に向かう。シャワーを浴びて洗濯を干した後ぐらいには、きっと炊けているだろう。
■□
はーるがきーたー はーるがきーたー どーこーにーきたー 山にきーたー 里にきーたー 野にーもーきたー
炊けるときのメロディも妙に渋い。ジャンク品だからだろうか。
そんなことを思いながらも、浮足立つ気持ちが抑えられない。白米、白米。炊き上げる時間に合わせてちょうど今、白身魚のフライもレンジで温めたところだ。
「よしっ!」ぱかっ 「あれっ」
意気揚々と蓋をあけた私を待っていたのは、白米ではなく、炊き込みご飯だった。
■□
この炊飯器は、どうやら魔法の炊飯器らしい。
あれから数日、何度白米を炊いても、不思議な力で蓋をあけると炊き込みご飯になっている。それはたけのこごはんだったり、舞茸ごはんだったりと、まちまちではあるが。
なんどか炊き上がる途中に停止して覗いてみるが、途中までは明らかに白米なのだ。それが、春が来たの音楽に合わせて、炊き込みご飯になってしまう。魔法のように、呪いのように。
訳アリ品譲ります。
あの男の言う「訳アリ」がこの炊き込みご飯になってしまう現象だったのだとしたら、他の訳アリ品はいったいどんなものだったのだろうと、気になって仕方がない。テレビは? 掃除機は? なにが映り、なにを吸うのだろう。何度もアーケードであの男を探すものの、あの日以降見かけたことは一度もない。どうしても気になって、商店街の事務局に足を運んだが、(どこか予感はしていたものの)あの男を知っている人は誰もいなかった。
きっと何かの妖精だったんだと自分に言い聞かせて、私はその炊飯器を使い続けた。なにせ一切の用意をしなくても、炊き込みご飯を作ってくれるのだ。この炊飯器は。こんなに助かるものもないだろうと、1年ほど、私はその炊飯器を愛用し続けた。
■□
商店街の中央、広場の掘り出し物市を通りかかったときのことだ。ふと、あのときのように炊飯器が出品されているのが目に入った。なんの変哲もない、ホワイトカラーの炊飯器。注視している私に気づいたのか、店を出している年老いた女性が声をかけてきた。
「息子夫婦の家で暮らすことになって、いくつか家電や雑貨を処分することにしたの。この炊飯器も、6年ほど使っていたけど手放すことにしたのよ。どうかしらお兄さん。安くしておくから、買ってくださらない?」
「そうですか」
言われた値段も、本当にただ引き取ってほしいのだろうという安い値段だった。何より私も、そろそろ普通の白米を炊きたいという気持ちがあったし、別段家に二つ炊飯器があってもいいだろうという軽い気持ちで買い付けた。
買った炊飯器を小脇に抱えた私の、一年前の記憶は随分と薄れてしまっていたようだ。
※お持ちでない方に限ります!
「ただいまー」
誰もいない一人暮らしの我が家に帰り、炊飯器をシンク台に置く。ひとまず一旦ここに置いておくか、と新しい炊飯器と赤い炊飯器を交互に見比べた。炊飯器の置き場を二つなんて考えたこともなかった。はてさて、置き場所はどうしようかと、首を鳴らしながら荷物を片付けていると、がたがたっと大きな物音がした。
「なんだ…? キツネ…と、タヌキ…?」
音のしたキッチンに行くと、そこにはキツネとタヌキが身を寄せ合って白い炊飯器の上に乗っかっていた。一体どこから入ったのか。噛まれたらどうしようかと後ずさると、ピンポーン、とあまり鳴らないインターホンが鳴った。
『訳ナシ品をお買い求めになったんなら、引き取りますか、っと』
それは聞いたことのある声だった。そう、そうだ。あの商店街で、ジャンク品を売っていた妙な男! 私はハッと赤い炊き込みご飯の炊飯器に目を向けたが、そこにあるはずの炊飯器はなく、ただがらんどうのスペースがあるだけになっている。
茫然とする私の足元を二匹の影がさっと通り過ぎ、そして器用に玄関の鍵を前足で開けた。キィィ、と妙にうるさく金属がしなる音がして、人影が現れる。
「タイヘンご愛顧、マコトにありがとうございました」
バタンっ。扉は閉まり、私の家に静寂が訪れる。残されたのは、私一人。それから、ただ白米が炊き上がるだけの、何の変哲もない炊飯器だった。