過去と今
「私はずっと私たちのままでいられると思っていたのよ。ヴァージンロードを夢見たまま、フラワーガールとリングボーイの役目を精いっぱいやり遂げておとなたちに褒められるの」
知らない音楽室の机に座って、彼女は足をぶらぶら揺らしていた。視線は遠く窓の外。外は夕焼けで、放課後のグラウンドから運動部の練習の声がする。けど、それはすごく遠くに聞こえる。音楽室は最上階の一番端っこ。学校の中なのに、仲間外れみたく。
「変わるのが怖いってこと?」
君は彼女の意図をなんとかくみ取ろうと思って、見当違いなことは言うまいとそれとなく答えた。でも、彼女は君の曖昧な態度なんてお見通しらしく、少しつまらなさそうに視線を伏せる。
「変わる、はすごくポジティブな言葉だもん。そうじゃない。変わってしまう、それが嫌なの」
「今のままがいい…っていう感じ?」
彼女は何も答えなかった。君は的外れなことを言ってしまった気がして、居心地が悪かった。
少しの間、二人と広い音楽室の間に会話はなかった。窓の外のどこか遠くで、人が生きる音がする。鳥が飛ぶ。日が暮れていく。
そういえば学生時代、君は自分が生徒会役員だったことを思い出した。君は真面目な副会長で、衝突ばかりしている生徒会役員の中でいつも損な役回りばかりしていた。誰も君のことを顧みたりしない。それも若さだったと、今の君なら言える。
生徒会室はどこだったっけ。君は窓の外の校舎に視線を向けた。向こうの教室棟の端っこ。薄黄色のカーテンが揺れている。そういえば、生徒会室はいつも湿気がこもっていた。いつも窓が全開で、君の机の書類が風で飛ばされるのなんて日常茶飯事だった。
そういえば、君はどうして学校にいるのだろう。
「ねえ。会社は楽しい?」
彼女が言った。
「まだ…まだわからない。けど、これから楽しくなろうと、楽しくなかろうと、別にどっちだっていいや」
「そう。まるで大人だね」
彼女はひょいと机から降りて、スカートのすそのゴミを掃うようにたたく。居住まいを正して、彼女はしっかりと君を見すらえた。
「私はずっと私たちのままでいられると思っていたのよ。ヴァージンロードを夢見たまま、フラワーガールとリングボーイの役目を精いっぱいやり遂げておとなたちに褒められるの。けど、あなたはもうおとなになったのね。一足先に、指輪も花冠も、自分のものにしてしまえるようになったのね」
「それは…」
彼女の言っていることがしっくりこなくて、違うと言おうと口を開いたけど、どのみちその通りな気もした。でも、違うと言わなきゃさっきの言葉通りになってしまうのは憚られる。けど、言葉が出てこなかった。この音楽室はこんなに静かだったっけ。
「ねえ、高校は悪くなかった? 大学は面白かった? 会社は楽しい?」
彼女を置いてけぼりにしてしまったのかもしれない。君は口を開く。音が出なかった。
「ううん。答えないでいいの。君の未来が、これからが素敵なものでありますように」
彼女がくるりと君に背を向ける。懐かしいセーラーの紺色の襟がふわりと舞った。
「ねえ」
君が口を開く。そこは君のワンルームだ。
彼女は大人にならなかった。けど、君の人生とはもう何の関係もないんだろう。