こっくりさんの呪い
「ねえ、いいのかしら」
真琴はいつものようにおどおどと上目遣いにこちらを見上げて、頼りなく震える声を上げた。本日何度目になるだろうか、そんな聞き飽きた台詞に返すのは、これまた飽きるほどに繰り返した言葉。
「いいに決まっているでしょう。ずっと前から約束していたのよ」
真琴が納得していないのは、すでに何べんもこの問答を繰り返していることからも明らかだ。だけれど、それが何の意味を持つのかといえば、まったく何の問題もない。真琴が内心思っていることがなんにしても、私が先に立てば真琴は後を追うことしかできない。私に表立って異を唱える勇気も、反対に背を向けて離れる決断力も真琴にはない。それは彼女がいなくなっても変わらなかった。
「ねえ、梓は最後に言っていたって。あの場所には行かないでって。そう言って亡くなったのよ」
真琴は小走りに私の後を追いながら、ヒステリックに髪を振り乱した。もともと気の小さい子だったけど、ここ数日はそれに輪をかけて神経質な調子だった。落ち着きなく爪を噛んでみたり、髪の毛を抜いてみたり。みっともないとたしなめるとしばらくは落ち着くのだが、静けさに耐えられなくなったところでまた再発する。親友が亡くなったのだもの、周りの大人はそう言って同情的な視線を向けていたが、私は知っている。真琴は怖いのだ、梓の次は自分だと考えているから。
「梓がそう言ったのを聞いたのは誰? あの子のお兄さんでしょう。そりゃああの場所には行ってほしくないわよ。余計な面倒ごとを起こされて困るのはあの人だもの」
私たちは、梓の兄が所有する古びた一軒家を夏休み丸々かけて秘密基地に改造していた。彼が死んだ叔父から相続したというその屋敷は、里山のふもと、荒れ果てた畑に囲まれた小さな木造の平屋だった。ともすれば小屋と呼んでも間違いではないというようなその小さい家は、がらくたやら何やらでごちゃごちゃと散らかり放題だった。梓の兄は、相続したはいいものの片づけるのが面倒で、私たち3人に体よく管理を押し付けたというわけだ。しかし退屈に身を焦がしていた好奇心旺盛な女子高生3人は、喜んでその役割を引き受けた。
「だって、絶対にあれのせいでしょう。梓が……よりによってあの梓なのよ」
真琴の声はくぐもってやたら不明瞭だ。泣いているのかと思って振り返ると、真琴はばっとすごい勢いで頭を上げたかと思うと、私にしがみついてくる。しがみつくというよりつかみかかるという表現のほうが正しいかもしれないというくらいに、私の制服を握りしめる手には力がこもっている。汗ばんだ真琴の手が私の黒いセーラーにしみを作る。今日のために洗濯をしたばかりなのに。
「あれをやろうって言ったのは浩美でしょう。梓が死んだのは浩美のせいなのよ。そうよ、梓が死んでまだ2日しか経っていないのよ。あそこに行ったら、何が起こるかわからないのよ」
私は真琴の頬を右手でぴしりと打ちつけ、彼女の手を離させた。
「何が起こるかは分かってるでしょ。あなたが死ぬのよ。そして、それはあそこに行こうが行くまいが変わらないわ」
あれは、残暑の厳しいお盆明けのことだった。もうすぐ2学期が始まるという憂鬱さを胸に秘め、私たちは日に焼けた手足を投げ出して廃屋のささくれたベンチに座っていた。妙に興奮した梓が、なにやら文字の刻まれた四角い板を持って家の奥から現れた。これ、こっくりさんじゃないかな。梓が言うと、真琴はわざとらしい悲鳴を上げて一歩後ずさった。梓と真琴が、何かを期待するような目つきで私を見た。
「暇つぶしにはいいわ。やってみましょう」
猛暑だった今年のほかの日と同じように、太陽がしつこいほどの光を私たちの上に投げかけていた。なんの代わり映えもない平凡な一日だったはずなのに、私たちが屋敷のリビングにその奇妙な文字盤とコインを広げ、椅子をそこかしこから集めて囲んだころには、外は叩きつけるような大雨に変わっていた。遠雷が響く中、私たちはコインに人差し指を預け、誰からともなしにその言葉を唱えた。
「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」
怪談にかけらの興味も示したことがない梓も、反対に過剰に反応していつも一文字たりとも耳に入れないように努めていた真琴も、あの時ばかりは熱に浮かされたような、夢見るような瞳でその文字盤を見つめていた。きっと私もそうだったのだろう。一瞬のような、永遠のようなあの時間を、今思い返そうとしても記憶にもやがかかったように思い出せない。あのとき、初めに質問をしたのは誰だった? 梓の死にあれが関係していると、私が確信しているのはなぜ? そして、次の犠牲者が真琴だとわかるのは?
後ろから、うわごとのような真琴のつぶやきが聞こえる。
「どうしてなの。私は何もしていない。浩美が悪いの。浩美だけが答えを間違えたの。私と梓は間違えなかったのに」
いつの間にか降り出した雨は、その勢いをにわかに増して私と真琴を打ちつけた。セーラーとスカートが濡れそぼり、どす黒く変色する。私は真琴の手を引いて、廃屋の玄関へと飛び込んだ。