小人になった

小人になった

雨粒ってこんなに大きかったんだな。

なぜか身体が縮んで30分が経った。小人のように草葉の下で雨宿りをしながら、びしゃびしゃのスーツを芽吹いたばかりの双葉にひっかけて、俺は曇天の空を見上げていた。

ここのところ会社で些細なミスが続いている。異動して二カ月ほど、やっと新しい職場にも慣れてきたという矢先のことだ。最初の緊張がとけて気が抜けていると思われてはいけないと毎日気を引き締めて会社に向かうのに、夕方ごろになるとあれやこれやとボロが出てきて、退勤間際に謝り倒し、残業に突入してしまう。そんなことがここ1週間ずっとである。

幸い周囲の手助けで大ごとにならずに済んでいるが、周りの人に迷惑ばかりかけているという事実が自分にとって一番心苦しい。以前の職場よりも穏やかで優しい人ばかりで、これから仕事が楽しくなりそうだと本気で思っていたのに、なぜだか上手くいかない。以前の息苦しい人間関係から解放されたはずなのに、結果が伴わない。

今日もひたすら謝り、「気にしないで。疲れているんだろうから、今日は早めに帰りなよ」と気遣いとともに帰された。まっすぐ家路につく気にもならず、人気のない公園に寄ったら、これだ。

身体が小さくなった。(まったく信じがたい話だが…)

本当にまばたき一瞬、気づいたら視界が変わっていたのだ。普通こういう縮んだりするのって(普通じゃないけど!)、ドラえもんのアニメみたく軽快なSEとともにひゅるるるる~って縮むものなんじゃないのか? 助走ゼロで、ハッと気づいたらもうハイできあがり!って縮んでいるなんてこと、あるんだろうか?

最初はそんなことを煩悶していたけど、次第に雲行きが怪しくなりそれどころではなくなった。

予感的中、ややもするとしとしとと雨が降り始め、公園は静かな雨音で満たされた。

雨宿りする草葉に、しとしとポツポツと雨があたる音がする。小さくなった俺には、小さな雨粒雨粒ひとつひとつの音が身体に響き渡る。雨の迫力、緑のにおい、しんと冷えていく空気。(体温が高くて助かった。暑がりな自分にはむしろ、この雨はシャワーのように心地よかった)

ああ、雨って、天気って、空って、ほんとぜ~んぶ覆ってるんだなあ、俺たちの頭上。

しっかりと空を見上げたのは久しぶりだっただろうか? いや、そんなことはないはずだ。この街に引っ越してきた日だって、よく晴れた日だって、夕日がきれいな日だって、俺はそれなりに空を見上げているのに。それなのに、こんなに大きく広く、すべてを覆いかぶさるように見えただろうか。

俺の身長178センチが、今は…15センチくらいだろうか?(おそらく) おおよそ12分の1の大きさになると、やっぱり全然見え方が違う。きっとこれは、それ以外にも、突然小さくなってしまったっていう不思議な状況に置かれているせいもあるんだろうけど。

俺はあまり焦っていなかった。雨音があまりにも心地よくて、緑の匂いに安らいでいたから。そしてまた、瞬きひとつでまた元の姿に戻れるような気がしたから。

双葉にひっかけていたスーツを取り、俺は草葉の陰から歩み出る。しとしとと降る大きな雨粒が、小さな小さな俺にぼたんばしゃんと降りかかる。わぶっ、となりながらも、俺は前に向かって進んだ。

目を閉じる、耳を澄ませて、雨の音を聴いた。近くでばしゃんぼたんと、雨粒が地面にたたきつけられる水音がした。でも、それらが俺に当たることはなかった。

もうそろそろだ。

息を吸って、吐く。雨のにおいで満たされる。目をあける。俺は、元の178センチの俺に戻っていた。

なぜ戻れると俺が確信していたのかはわからない。そもそも、さっきまでのほんの30分のわずかなそれが、本当だったのか、どうかも。

空を見上げると、それは当たり前のような雨雲の鈍い空だった。何かが劇的に変わったわけでも、解決したわけでもない。俺は相変わらずさえないミスしてばかりの俺だし、明日からもそうかもしれない。

俺は手を広げて、降ってきた雨粒を掴んだ気になって、ただの水滴になったそれを握りしめた。

「よし」

雨が降っている。そして何かが変わったわけでもない。このわずかな時間に。

少し不思議なできごとで、何かが動き出すわけじゃない。何も変わらないままだ。

それでも、それでも。

それでも、それでも——。