イバラ

イバラ

ギリシャ神殿のような白大理石の柱が、ずっと先まで続いている。その廊下を、“角つき”が一生懸命掃除していた。その様子を、少女が監視しながら練り歩く。彼女の歩幅は小さいけど、せかせか歩くので、後ろをのんびりついていくのがちょうどいいくらいだった。

「しっかり働きなさいね。しっかりよ、とってもしっかりね。怠けようとしたって、だめなんだからね。しっかりやってちょうだいね。手を抜こうとしたってお見通しなんだから」

彼女に声をかけられると、“角つき”たちはビクッと跳ねて、メェメェと慌てふためきながら必死に掃除を再開する。その様子に少女、イバラは満足げにフンと鼻を鳴らした。

「そこまで厳しく言わなくてもいいんじゃない?」

「いいえ、全然ちがうわ。シトラス、全然あなたはわかってないんだからね。“角つき”は、ほんとにとってもわからずやなの。少しでも甘やかすと、あっというまにひどい有様になっちゃうのよ。イバラだって、一度はやさしくしてあげようと思ったんだから。でも、それから1か月はひどいテイタラクだったんだからね。シトラスは“角つき”のことをちっとも全然わかっていないのよ。しっかりイバラが教えてあげるね。“角つき”はとっても悪い子たちなの。だから“角つき”になってしまって、こうして働かなくちゃいけなくなっちゃったの。イバラとシトラスとは違うのよ」

わかった?とイバラが首を傾げてこちらを見上げる。それにうんだかうーんだかわかっているんだかわからないような返事をして、廊下を奥まで見渡した。果てしない白大理石の廊下には、自分とイバラの他には、たくさんの“角つき”と呼ばれた羊のような妖精たちしかいなかった。

この不思議な空間に迷い込んで3日が経つ。幸いなことに3連休の頭からなので、なんとか今日までは無断欠勤になっていない。ただ、今のところ帰る手掛かりどころか、ここが一体何なのかすらわかっていないのだ。しかし、こんな明日までに帰れるとは到底思えない状況にも関わらず、あと少しのヒントでここが揺らぐような、廊下の最果てにたどり着けるような、そんな気持ちがしていた。

「かわいそうな“角つき”。ほんとにとっても愚かなんだから。でもだいじょうぶよ。しっかり働いて、しっかり償えば、きっといつかは“羽つき”になれるんだからね」

「イバラ、もし“羽つき”になったらどうなるの?」

「あら? 興味があるの? シトラスはとっても勉強熱心ね。とってもえらいわ。教えてあげましょうね。“羽つき”になれたら、働かなくたっていいのよ。許されているんだもの」

「じゃあ、イバラも“羽つき”なの? “角つき”とは違うんだよね?」

「あら! ちっともわかっていないのね、シトラス。イバラは“羽つき”なんかじゃないわ。イバラはとわにさだめられしものですもの。つきものたちとは違うのよ」

そのとき、わずかな違和感をシトラスは見逃さなかった。イバラは今、つきものたちと自分は違うと言ったけど、シトラスについては何も言わなかった。自分は“角つき”ではないけど、“つきもの”ではあるのかもしれない。

「ねえ、イバラ。もしかしてわたしって――」

「ええ、ええ、なんてとっても立派なのかしら。シトラス。あなたはとってもえらいわね。こんなにはやくに気が付くなんて、めったにないことよ? 自覚とは、つねにタユマヌ努力をしいられることなんだから。とっても短い時間だったけど、あなたのこと、イバラはけっこうすきだったわ。さようなら、“みかづき”さん。明晰なひとは、きっといずれむくわれるわ」

イバラ、という自分の声で目が覚める。いつもの自分の部屋だった。すぐ脇のスマホに触れると、3連休の初日だった。それがひどくさみしかった。