亜人と暮らすお嬢様の話
昔は混じりけのない人類が70億人もいたらしい。けど、遺伝子を大きく変化させる感染力を持った細胞の病気の流行がはじまって早300年。当時と変わらぬ“人間”はそのときの0.0004%。3万人ほどに減少した。一方、鳥の翼や狐の頭、爬虫類の尻尾を持ち、本来の人類よりもはるかに優れた身体能力や免疫力を持つ亜人は、今やその人口を130億まで増やし、この星を覆いつくそうとしていた。
「いいえお嬢様、この星を覆いつくすのにはまだまだ時間がかかるとされております」
「あ、カイカエドキデス」
「カエキリウスですお嬢様。…オホン。この星は300年前より肥大化を続けており、今やかつての星の表面積の3.5倍の広さに膨れ上がっております。それと同時に、野生動物や植物、すべてに細胞的大革新がおこり、その開拓には現在も――」
「あ~いいよ! そういうのは! 今はそういう話がしたいんじゃなくて…こうさあ…」
「はい。もちろんお嬢様の御心持ちについてもご理解申し上げております。お外でお遊びになられたいということでしょう?」
「もー! そこまで話がわかってんだったら、なんでしょうもないうんちくを垂れ流したのさ!」
「お嬢様が外に出ることは、決して許されないからでございます」
大きな嘴。大きな瞳。ふさふさの羽毛。翼のように広がる大きな手。窮屈そうに燕尾服の中にしまい込まれた羽毛たちは、カエキリウスが動くたびにふわふわと揺れた。本当に困ったことに、私の人生における話し相手は、この鳥人間ひとりなのである。
「ねえ、特効薬とさ、ワクチンってできたりしないのかな?」
「医療は亜熱帯で確認された、未曽有の病に対する抵抗に奮闘中です」
「3万人の祖先様に割いてる時間がありませ~ん、ってことね。やな感じ」
「ですから、こうして手厚い保護が確約されているのでございます」
「じゃあさ、私も亜人にしてよ。保護なんてしなくていい。自分のツノとかキバとか、そういうので生きていくよ。こんなゆりかごみたいな空間に幽閉されて、一生を終えるの? 鳥人間のカイキリゲンテイデスと?」
「カエキリウスですお嬢様。300年前と変わらぬお姿を保ち続けるお嬢様は、今やまぼろしのレアモンスター。胸をはって生きてまいりましょう」
「クソったれ」
「御口の治安が荒れておりますよ」
「世紀末なの。ごめんなさいね」
「いえいえ」
ふてくされるがままに、天蓋付きのベッドにぼふんを飛び込む。部屋の中は、太陽や月、星々の飾りが天井一面を彩り、天蓋の内側は聖なる教会みたく、ステンドグラスを模した臼透明の布たちが幻想的な世界をつくりだす。
悪趣味だなあ。
今や、外の世界では、動物と人間が混ざり合った亜人にとどまらず、炎を吐くドラゴンや、雷を落とすユニコーンといった、人智及ばぬ亜人たちが生まれてきているらしい。そんな世界のただなかで、300年前、彼らの基礎となっただけの人類ひとりをこんな夢見るファンタジーテイストな部屋に閉じ込めて、なんになるっていうんだろう。外は漫画家びっくりなファンタジー異世界になろうとしているっていうのに。
「ねえ、カニカマミックス」
「カエキリウスですお嬢様。いかがされましたか?」
「お部屋の模様替えがしたいな。モダンでおしゃれで、大人っぽい。そういうお部屋にしてほしい」
かしこまりました、とカエキリウスがうやうやしく告げる。世界に置いてけぼりにされたこの空間で、私は目も覚めるような冒険が、私を連れ出してくれることを祈っている。